最尤推定法 (Maximum Likelihood estimation)を用いた音源分離を行う. 本アルゴリズムでは入力信号は単一の目的音源とガウス雑音の和であると仮定し,尤度関数最大を条件に分離行列を求める. 音源からマイクロホンまでの伝達関数情報,音源の区間情報(発話区間の検出結果),および既知雑音の相関行列が必要となる.
ノードの入力は,
混合音のマルチチャネル複素スペクトル
目的音源の方向データ
既知雑音の相関行列
である. また,出力は分離音ごとの複素スペクトルである.
対応するパラメータ名 |
説明 |
TF_CONJ_FILENAME |
マイクロホンアレーの伝達関数 |
どんなときに使うのか
所与の音源方向に対して,マイクロホンアレーを用いて当該方向の音源分離を行う. なお,音源方向として,音源定位部での推定結果,あるいは,定数値を使用することができる.
典型的な接続例
ML ノードの接続例を図 6.64 に示す. 入力は以下である.
INPUT_FRAMES : MultiFFT 等から得られる混合音の多チャネル複素スペクトル
INPUT_SOURCES : LocalizeMUSIC や ConstantLocalization 等から得られる目的音源方向
INPUT_NOISE_CM : CMLoad 等から得られる既知雑音の相関行列
出力は分離音声となる.
入力
: Matrix<complex<float> > 型. マルチチャネル複素スペクトル. 行がチャネル,つまり,各マイクロホンから入力された波形の複素スペクトルに対応し,列が周波数ビンに対応する.
: Vector<ObjectRef> 型. 音源定位結果等が格納された Source 型オブジェクトの Vector 配列である. 典型的には, SourceTracker ノード, SourceIntervalExtender ノードと繋げ,その出力を用いる.
: Matrix<complex<float> > 型. 各周波数ビン毎の相関行列. 行は周波数ビン($NFFT / 2 + 1$ 行),列は $M$ 次の複素正方行列である相関行列($M * M$ 列)に対応する.
出力
: Map<int, ObjectRef> 型. 分離音の音源IDと,分離音の1チャネル複素スペクトル (Vector<complex<float> > 型) のペア. 分離音の数だけ出力される.
パラメータ
: int 型. 分析フレーム長[samples]. 前段階のノード(AudioStreamFromMic , MultiFFT など)における値と一致している必要がある. デフォルト値は512.
: int 型. フレームのシフト長[samples]. 前段階のノード(AudioStreamFromMic , MultiFFT など)における値と一致している必要がある. デフォルト値は160.
: int 型. 入力音源波形のサンプリング周波数[Hz]. デフォルト値は16000.
: int 型. 分離処理を行う際に利用する最小周波数値であり,これより下の周波数に対しては処理を行わず,出力スペクトルの値は0となる. 0以上サンプリング周波数値の半分までの範囲で指定する.
: int 型. 分離処理を行う際に利用する最大周波数値であり,これより上の周波数に対しては処理を行わず,出力スペクトルの値は0となる. LOWER_BOUND_FREQUENCY $<$ UPPER_BOUND_FREQUENCY である必要がある.
: bool 型. デフォルトは false. trueが与えられると, 分離状況が標準出力に出力される.
パラメータ名 |
型 |
デフォルト値 |
単位 |
説明 |
LENGTH |
512 |
[pt] |
分析フレーム長. |
|
ADVANCE |
160 |
[pt] |
フレームのシフト長. |
|
SAMPLING_RATE |
16000 |
[Hz] |
サンプリング周波数. |
|
LOWER_BOUND_FREQUENCY |
0 |
[Hz] |
分離処理で用いる周波数の最小値. |
|
UPPER_BOUND_FREQUENCY |
8000 |
[Hz] |
分離処理で用いる周波数の最大値. |
|
TF_CONJ_FILENAME |
マイクロホンアレーの伝達関数を記したファイル名. |
|||
REG_FACTOR |
0.0001 |
係数.式(76). |
||
ENABLE_DEBUG |
false |
デバッグ出力の可否. |
技術的な詳細: 基本的に詳細は下記の参考文献を参照されたい.
音源分離概要: 音源分離問題で用いる記号を表 6.53 にまとめる. 演算はフレーム毎に周波数領域において行われるため,各記号は周波数領域での,一般には複素数の値を表す. 音源分離は$K$個の周波数ビン($1 \leq k \leq K$)それぞれに対して演算が行われるが,本節ではそれを略記する. $N$, $M$, $f$をそれぞれ,音源数,マイク数,フレームインデックスとする.
変数 |
説明 |
$\boldsymbol {S}(f) = \left[S_1(f), \dots , S_ N(f)\right]^ T$ |
$f$フレーム目の音源の複素スペクトル |
$\boldsymbol {X}(f) = \left[X_1(f), \dots , X_ M(f)\right]^ T$ |
マイクロホン観測複素スペクトルのベクトル.INPUT_FRAMES 入力に対応. |
$\boldsymbol {N}(f) = \left[N_1(f), \dots , N_ M(f)\right]^ T$ |
加法性雑音 |
$\boldsymbol {H} = \left[ \boldsymbol {H}_1, \dots , \boldsymbol {H}_ N \right] \in \mathbb {C}^{M \times N}$ |
$1 \leq n \leq N$番目の音源から$1 \leq m \leq M$番目のマイクまでの伝達関数行列 |
$\boldsymbol {K}(f) \in \mathbb {C}^{M \times M}$ |
既知雑音相関行列 |
$\boldsymbol {W}(f) = \left[ \boldsymbol {W}_1, \dots , \boldsymbol {W}_ M \right] \in \mathbb {C}^{N \times M}$ |
分離行列 |
$\boldsymbol {Y}(f) = \left[Y_1(f), \dots , Y_ N(f)\right]^ T$ |
分離音複素スペクトル |
音のモデルは以下の一般的な線形モデルを扱う.
$\displaystyle \boldsymbol {X}(f) $ | $\displaystyle = $ | $\displaystyle \boldsymbol {H}\boldsymbol {S}(f) + \boldsymbol {N}(f) \label{eq:ML_ observation} $ | (73) |
分離の目的は,
$\displaystyle \boldsymbol {Y}(f) $ | $\displaystyle = $ | $\displaystyle \boldsymbol {W}(f)\boldsymbol {X}(f) \label{eq:ML-separation} $ | (74) |
として,$\boldsymbol {Y}(f)$ が $\boldsymbol {S}(f)$ に近づくように,$\boldsymbol {W}(f)$ を推定することである.
最尤法に基づく分離行列$W_{\textrm{ML}}$は次式であらわされる.
$\displaystyle W_{\textrm{ML}}(f) $ | $\displaystyle = $ | $\displaystyle \frac{\tilde{\boldsymbol {K}}^{-1}(f)\boldsymbol {H}}{\boldsymbol {H}^{H}\tilde{\boldsymbol {K}}^{-1}(f)\boldsymbol {H}} $ | (75) |
ここで,
$\displaystyle \label{eq:MLsep} \tilde{\boldsymbol {K}}(f) $ | $\displaystyle = $ | $\displaystyle \boldsymbol {K}(f) + ||\boldsymbol {K}(f)||_{\textrm{F}}\alpha \boldsymbol {I} $ | (76) |
であり,ここで$||\boldsymbol {K}(f)||_{\textrm{F}}$は既知雑音相関行列$\boldsymbol {K}(f)$のフロベニウスノルム,$\alpha $ はパラメータ REG_FACTOR,$\boldsymbol {I}$は単位行列である.
トラブルシューティング: 基本的には GHDSS ノードのトラブルシューティングと同じ.
F. Asano: ’Array signal processingfor acoustics —Localization, tracking and separation of sound sources—, The Acoustical Society of Japan, 2011.